chihiryou2006-09-08

ギラギラと照りつける太陽。また夏に逆戻りの一日。
ここ数日少し涼しかったので私の体は着々と秋仕様になっていってたのに。だから今日は余計に暑さが堪えた。はあ。
ここのところジーンズはいたりするとやけにスースーする感じがするなあ、と思っていたら体重が二キロくらい減っていた。やった。家の中が油でべたべたするのが嫌で最近煮物ばっかり作って食べていたせいかなあ、と思う。あとやっぱり夏休みのだらりとした生活が終わって、一日中あちらこちらと活動しないといけなくなったせいだろう。消費エネルギーが圧倒的に増えてるものなあ。まあ、一時的なものだろうし、油断しないように、油断しないように・・・。
夕方母と電話。
先日亡くなった祖母の遺品を整理していたら、相当な数のノートが出てきたらしくなんと何十年にもわたる日記だったとのこと。亡くなる前日までちゃんと書いてあったそうだ。これまで祖母が日記をつけていたなんて誰も知らなかったのでびっくりしたという話。
他にも死後に初めて明らかになることが数々。例えばいろんな施設に手まりや和人形をそれこそ何百個、何百体単位で寄付していたという件。亡くなってしばらく経った頃、訃報を聞きつけた施設の人がお悔やみにみえたそう。家族も娘である母たちもちっともそんなことは知らなかった。ばあちゃんは手芸が大好きで私たちがいつ遊びに行ってもしゃべりながらでも針を動かしていたような人だったのに、その割には部屋にある作品は少なくて、友達かなにかにあげてしまってるものだとばかり思っていた。実際私もばあちゃんのまりを遊びに行くたびにもらっていたし。
見も知らずの沢山の人々が祖母の手まりを枕元に置いたり手に取ったりして、その美しい色合いに目を喜ばせてくれてたのかも、なんてことを思うとそれはそれで何だか感慨深い。祖母なりに自分のできる範囲で誰かのためにとにかく何かしたいと思っていたのだろう。そしてそれは夫の介護も終えて、特に社会、家族の中での役割の無くなった彼女の中での存在価値を明らかにしてくれるものだったのかもしれない、なんて思ったりもする。
遺品は金目のものはちっとも無いけれど、どれも祖母の思い出がいっぱい詰まった品ばかり。大量の習字道具は私の習字好きの従姉妹に。着物類は殆ど私がもらうことになった。というのも150センチそこそこだった祖母の着物は160センチ以上の女性ばかりが揃っている身内では私くらいしか入る人がいないらしい。
女ばかりであーだこーだばあちゃんの思い出話に花を咲かせながら遺品の整理をする光景、それはそれでありで、そんな機会をもたらしてくれるばあちゃんの一生も幸せなものだったのだろうな、なんて思う夜。