びっくりするくらい足早に過ぎていった2014年、12月。
12月に入って、1年間闘病してきた義父が危篤状態になり、一家で慌しく博多へいったりきたり。この間まで、九州男児気質全開で「病人じゃなか!見舞いなんか来んでよか!」と言っていた義父が、再会したとたん、小さくなって棺の中に納められていたので、彼の死を現実としてとらえるまでにしばらく時間がかかった。一年先の人の人生分かったものじゃないな、いやいや、明日だって分かったものじゃないよな、なんて思う。
先日高野寛氏のライブに行った後、彼のFBチェックしたりしてたのだけれど、博多でのライブは義父が入院していたホスピスのすぐ裏にあるライブハウスで、ちょうどライブのある日に義父は危篤状態に陥ったのだった。「静」と「動」、「生」と「死」はいつも隣り合わせだとは分かっているけれど、私が15年ぶりにライブに出かけてエネルギーをもらった人と、義父がすごく接近した場所にいて、同じ夜に180度逆の方向を向いて生と死に向かって各々エネルギーを発散していたのだと思うと、不思議な気がして、何か因果があるような気がした。つまり、私はずいぶん年老いてきたけれど、生のほうにエネルギーを発して向かうポジションにいる人で、まだ死に向かっていくポジションにはなりたくてもなれないのだと認識させられた。
一年間、事故も病気もなく、毎日ビールが美味しい。まだまだ、私は死ねないし、子どもたちが大人になるのを見届けるまでは死ぬべきではないのだ。新しい年をすぐ前にして、そう思う。